「蛇の卵」: 「両親・家族」アーカイブ

「蛇の卵」
物書き「三上憲一」の、弛緩と緊張の入り乱れたblog

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「両親・家族」アーカイブ

(2007年08月16日)

父に作品を渡す。

少し前に、実家に帰ったときの話を書くことにする。
「たまには顔を出しなさい」と母に請われたのだ。

実は父の体調が思わしくない。というか、数年前に倒れて以来、半身不随の状態だったのだが、今年の春先にまた倒れて以降は、ついに意識が戻らなくなり、実質いわゆる「植物人間」状態なのだ。

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医者によれば、もう脳細胞が相当に破壊されているので、意識が戻ることはまずありえないだろうとのことだった。つまりあとは死を待つばかりということだ。

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(2007年08月29日)

母とひとしきり話す

「父に作品を渡す」の続き。)

病床の父を見舞った後、駅前の定食屋で遅い夕食を取る。
病院の近くには食事をするのに手頃な食堂などがなかったのだ。

僕は父と会っても特に食欲が衰えると言うこともなく、そのまま素直に鰻丼の食券を購入。
母は初めて来る店なのでメニューの勝手がわからず、「どれがええやろ?」と言いながら、結局は鉄火丼を注文した。

母は70歳を越えてもいまだに背中が丸くなることもなく矍鑠(かくしゃく)としている。それどころか、いまだに毎日自転車で自宅から少し離れた会社に通い、事務の仕事までこなしているのである。東京に住んでいると、当然のことながらいろいろな老人を町中で見かけるので、なおのこと目の前の老女の壮健さは新鮮に見える。だからといって、僕にとってはまったく誇らしく感じない点が、まったくもって不思議なのだが。

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母は席について食券を差し出すと、おもむろに財布から、70歳以上になると行政機関から交付される「敬老優待乗車証」を僕に見せて、「これがあったら、どの鉄道でもバスでもタダになるから、見舞いに行くときでも助かるわ」と言った。それだけでなく、ほとんどの博物館や美術館などが70歳になると無料で入れてしまうらしい。僕は果たして自分がそこまで生きるのだろうか?と思いながら、東京で使っている電子マネーのカードなどを示しながら、しばし自分の暮らしぶりを話した。こうして向き合って話すのは確か10数年ぶりかになるはずなのだが、不思議と喜びは感じない。

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そのうちに料理が到着し、母はご飯を口に含んで「このご飯、よう炊けてるわ」と言った。

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(2007年11月16日)

父が死んだ

どうも、ついさきほど父が死んだらしい。

以前の記事を書いてから以降、容態は悪くなる一方で、昨日も母とそれについて話をしていたところなのだが、ついにそのまま逝ってしまったようだ。
どうもあまり実感がわかないが、そのうち何か思うことがあるのかも知れない。

やはり今年は節目になる年らしい。
これから上向くにしろ下向くにしろ、決して忘れることのない年になるだろう。

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(2007年11月22日)

父の葬式

父の葬式に行った。

遺骨を運ぶ母

何よりも肉親の死なわけだし、葬式の場に立ち会ってみれば、それなりに思うこともあるのかも知れないと思っていたのだが、実際に関わってみると家族全員にしろ親族一同にしろ、一様に取り乱すこともなく、式次第は淡々と進行していった。

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